2014/06/08

「世界は恐怖する 死の灰の正体」(亀井文夫監督)に登場する1950年代の放射線測定器

関連ワード:動画 , 日立アロカメディカル , 映画 , history ,
世界は恐怖する 死の灰の正体(亀井文夫監督)
※ショッキングな映像が含まれています

という動画があります。1957年に制作された亀井文夫監督のドキュメンタリー映画です。

1954年の第五福竜丸事件もそうですが、当時の核実験の影響がどれほどのものかを各大学、研究施設が調査をしていて、その様子を紹介している映画です。

「ねずみもとんだとばっちりを食うわけです」

「誠にウサギも災難ですが、どうもやむを得ません」

この時代のナレーションは面白いですね(ナレーションの仕方が面白いと言っているだけです。と蛇足をつけないといけないバカらしさといったら…)。

※情報ありがとうござました

さて、放射線測定器を見ていきましょう。すごいですよ。

shinohai_001.jpg

マツダのサーベイメーター「RGS-2型」もしくはそのシリーズです。もしかしたらマツダは販売者で、メーカーは東芝医療電機かもしれません。

shinohai_002.jpg
これはどこのでしょうね。医理学研究所(日立アロカメディカルの大元)か神戸工業か…。ちょっとよくわかりません。Cs137を植物に与えたら、数時間後には葉先からも検出されたとのこと。

shinohai_003.jpg
これもすごいなぁ。どこ製かはよくわかりません。色合い的に島津製作所ぽくはあります。

以下は据置型のサーベイメーターです。

shinohai_004.jpg
shinohai_005.jpg
これは医理学研究所のデカトロン・カウンターかな? 「計数放電管(日本無線Dekatron)を使用した国産品として唯一の10進法直読式の計数装置」という謳い文句で販売されていました。

shinohai_006.jpg
shinohai_007.jpg
このふたつはよくわかりません。国産なら島津製作所、神戸工業あたりの可能性が高いです。特に一枚目は神戸工業ぽさが強く感じられます。

1954年、原子力研究開発予算が国会に提出されました。予算額はウラン235にちなんで2億3500万円(冗談ではなく)。翌年、1955年に原子力基本法が制定され、1956年には日本原子力研究所(現・独立行政法人日本原子力研究開発機構)が設立されます。

このような流れの中、各種放射線測定器の開発も必要と考えらえ、さまざまなメーカーに予算が分配されました。東芝、島津製作所、神戸工業、堀場製作所などなど。こうして国産の放射線測定器(あるいは検出器)が数多く生み出されていきました。

[ソース]wikipedia:日本の原子力政策

ほんの少し前の時代ですから、上に登場した放射線測定器はこれによって生まれたというわけではないかもしれませんが、おおよそ、こんな時代だったということです。

まさに日本の放射線測定器の黎明期。とても興味深くはあるのですが、いかんせん、情報が少ないです。今後も鋭意調査していきたいと思います。

それにしても、慣れないPCで作業するってのは疲れますなぁ。Windows MEではウェブを見ることすらままならなかったので、なんとかVistaのノートを入手し、ちょこちょこやっとります。メモリ1GBって…。早く新しいディスプレイ来ないかな。

[関連過去記事]
日本における放射線測定器の夜明け~牧野純夫氏が語る東芝、島津製作所の放射線測定器
1955年から1956年にかけて雑誌に掲載されていた放射線測定器関連広告~ALOKA、東芝/マツダ、島津製作所、神戸工業、PHILIPS
関連記事

コメント

非公開コメント



rss001.gif twitter001.gif fb001.png Google+