2014/02/18

日本における放射線測定器の夜明け~牧野純夫氏が語る東芝、島津製作所の放射線測定器

JIRA(日本画像医療システム工業会)発行の「Radiology Japan」 という電子冊子がありまして、「Radiology Japan No.49」(2004年9月)では、日本における放射線測定器の歴史が語られています。語り部は(故)牧野純夫氏。同氏の略歴は以下の通りです。

(社)日本放射線機器工業会常任理事。
(元)東芝医用機器事業部技監。
(元)東芝メディカルエンジニアリング(株)取締役社長。
日本医学放射線学会・日本放射線腫瘍学会名誉会員。
日本医用画像工学会名誉会員、会長顧問。
大河内記念技術賞受賞(2回)。勲五等瑞宝章。

東芝で戦後まもなく産業用、医療用放射線機器の開発を続け、60Co治療装置及び、ライナックの開発の貢献で工業技術賞として定評のある大河内賞を2回に亘って受賞。さらに長年、日本画像医療システム工業会理事として日本の医用機器業界と世界各国の業界及びトップ企業の交流を深め更に日本の医学会、技術学会、医用機器業界の産学協同推進に貢献された。

著書に「企業存滅のキーワード、X線CTビジネスの実践例から」「画像医学機器の歴史と現状」等がある。

[ソース]
http://www.jira-net.or.jp/vm/data/person/person_makino.html

というわけで、「Radiology Japan No.49」の同氏によるレポート「Development of Japanese Radiological Equipment in the Post-World War II Period」を簡単に紹介してみたいと思います。

牧野純夫氏が放射線測定器の開発に乗り出したのは1949年ごろ。当時、アメリカ軍系の放射線測定器以外で日本で利用されていたのは「R-meter」だけだったとか。

RadiologyJapan49_000.jpg
Victoreenの「Condenser-R」(1928年)から続くR-meterシリーズでしょうかね。基本的にはX線用だったのですが、γ線の測定にも利用されていたようです。

The primary purpose of the Model 70 was to measure the exposure rates associated with diagnostic and therapeutic x-ray units. Nevertheless, it was often adapted for gamma ray measurements.

[ソース]ORAU:Victoreen Model 70 Condenser R Meter

ただ、牧野氏はこう言っています。

R-meter was the only national equipment available in the market.

ん~。国産という意味? てことはVictoreenじゃないのかな。どうなんだろう…。とりあえず、こんな状況で牧野氏は放射線測定器の開発を進めます。そして作り上げたプロトタイプ第一号がこちら。

RadiologyJapan49_001.jpg RadiologyJapan49_002.jpg 10進カウンタを作るには8つの真空管(三極管×4、二極管×4)が必要で、これが1ユニット。3ユニットつなげれば1000進カウンタができる。というようなこと? ガッツリ文系な私にはわけがわかりませんw これは東北大学の古賀良彦教授のもとへ届けられたそうです。

次に登場するのは島津製作所のガイガーカウンター「D-55」と「D-59」。

RadiologyJapan49_003.jpg
3. Type D-55 incorporates the counting rate meter and provides the direct reading of counting rate. Moreover, the loudspeaker is built in and a click sound can be heard.

4. Short resolution time permits highly accurate measurement. Especially, the resolution time of type D-59 is 1 μs or less to ensure highly accurate, precise measurement over the entire range from low counts to high counts.

写真は「D-59」です。1955年ごろのリリースだったようです。

RadiologyJapan49_004.jpg
これはマイカが取り付けられたGM管。メーカー等、詳細は不明です。このあたりをもうちょっと説明してほしいなぁw

次は東芝と島津製作所のガイガーカウンターです。

RadiologyJapan49_005.jpg RadiologyJapan49_006.jpg
1954年、第五福竜丸事件があったわけですが、この際、漁船や船員、あるいはマグロの放射能汚染を調べるのにも使われていたそうです。

RadiologyJapan49_007.jpg
これは牧野氏が三崎港で汚染マグロを測定している風景。肩から下げているのがガイガーカウンターでしょうかね。東芝系の方ですから、もしかしたら上記の東芝製ガイガーカウンターかもしれません。

RadiologyJapan49_008.jpg
島津製作所のシンチレーション検出器です。シンチの種類は不明ですが、直径は50.8mm(2インチ)で、αβγ、そして中性子を測定可能なんだとか。

RadiologyJapan49_009.jpg
島津製作所の電離箱式サーベイメーター。下はソフトX線用。

RadiologyJapan49_010.jpg
東芝の電離箱式サーベイメーターのプロトタイプ。牧野氏が開発に携わっていたのかな?

RadiologyJapan49_011.jpg
「Pocket chamber」というキャプションがつけられています。ポケット電離箱? なんだろう。こんな言葉、初めて見ました

※万年筆型の線量計ですね。失礼しました(^^; 同類にポケット線量計があります。

1954年のビキニ環礁水爆実験をきっかけに、国内の放射線測定器開発が本格的に開始されていったと牧野氏は言います。また少し、1950年代の放射線測定器事情がわかってきました。

第五福竜丸は航海中: ビキニ水爆被災事件と被ばく漁船60年の記録
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